2012.03/03 [Sat]
『メランコリア』(11・デンマーク/スウェーデン/フランス/ドイツ) in TOHOシネマズみゆき座
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予告編と、頭から音楽が離れない「トリスタンとイゾルデ」のPV

■2月26日(日)13:40〜 TOHOシネマズみゆき座

*“スバル”から“みゆき”へ移動。旅館か民宿の部屋の名前みたいだな

■恐縮ですが評価:★★★★★(4.5点

)*パンフ熟読したし5点満点でもOKなんだけど、中だるみが気になって

■タイトル「作風から望み薄だけど・・・“I−MAX”での鑑賞熱望!!!」
東京宝塚劇場が入る建屋の地下にある映画館へ

前回も、今回も仕事を終えた金曜日に先売りチケットを買いに来たのですが、
どちらのときも“宝塚の役者を出待ちする”二重三重の女性ばかりの人だかりに圧倒

本当、ファンの熱意は凄まじいものがあります

では、一転して本日は・・・というと。
まず、東京マラソンは終了して“兵どもは夢のあと”状態。
次に、映画館は金曜日の喧騒は“ごめん!ドッキリでした!”と言わんばかりの静寂

そんな180度違う光景に戸惑いながら、地下の劇場へと向かっていったのでした

【あらすじ】
姉クレアと、その夫ジョンの豪華な邸宅で盛大な結婚パーティーを行うジャスティン。
伴侶となるマイケルと共に皆に祝福されながらも、なぜか激しい気怠さと虚しさに囚われる。
盛大なセレモニーが行われているそのときも、巨大な惑星メランコリアは地球に迫ってきていた・・・。
【10行で綴る“あっ!鬱だ!と躁になった奴”の感想】
この時点で「メランコリア」の和訳が「鬱」であったことを知らずに見たのが露呈しちゃった

ラース・フォン・トリアー監督が「鬱」に罹ったご自身の体験が出発点の本作。
当初の主役はペネロペ・クルスの予定もスケジュールが合わず、キルスティン・ダンストに交代。
監督は知らずにキャスティングしたそうですが、キルスティン・ダンストも「鬱」に罹った経験が。
演技は想像力の産物だと思っていますので、経験していることがすべてヨシにはならないでしょうが、
本作に関しては、それがプラスに作用したのではないでしょうか。
キルスティン・ダンストの中盤以降の変貌ぶりには「鬱」体験者から見ても納得できる演技でしたから

見えないモノが見える(気がする)
聞こえない音(モノ)が聞こえる(気がする)
終焉が近づくにつれ研ぎ澄まされる感覚。そこに病者と健常者の精神の相違はなくなってゆく

【まとめ〜あとがき〜】
ワーグナー「トリスタンとイゾルデ」がバックに流れる、
オープニングとエンディングは“映像美”なんて生易しいフレーズでは収まらない。
“圧倒” “威圧” “迫力” “壮大” “荘厳” “艶美” “想像” “藝術” “驚愕”
思いつくかぎりの熟語を並べましたが、こんなものでは全然足りません

だからこそ、オープニングとエンディングだけでも、
I−MAXかULTIRAのド迫力スクリーンと音響を体感できる映画館か、
せめてTHX仕様の映画館で、できることならもう一度鑑賞させてもらいたい

オープニングとエンディングだけを収録した、
ブルーレイやDVDを製作したとしても“売れる”と思います。
少なくとも、ワタクシは、絶対に!絶対に!!買います!!!

と、時間が経っても、これだけ興奮している位ですから、鑑賞直後は初のゾーンに

座席に座ったままエンドロールを見たくない、どうしても立ち上がりたくなってしまって、
全座席の一番うしろに移動し、直立不動でエンドロールを見つめ、自分の気持ちも見つめてみる

でも、何にここまで興奮しているのか、興奮しすぎてわからないほどの興奮状態

やがて、エンドロールが流れ終わると、もちろん小さくですが、パチパチと拍手しちゃいました





と、なると、もちろん!もちろん!!
そのまま売店へ直行するも、パンフを購入したのは1人だけ。
パンフの立ち読みに近づいてくる人も、ワタシ以外は誰もいない

う〜〜〜ん、また独走、いや暴走してるか、ワタシ

ワーグナー : 楽劇「トリスタンとイゾルデ」全曲

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NoTitle
この作品を劇場予告で観た時、
お馴染みの終末映画かとパスを決め込んだのですが、
せぷたか。さんの感想を読んで、
もしかして、大きな勘違いしているのかもとおもいました。
現象ではなく、それとはまったく逆の内なる世界の映像化なのでしょうか?
それも、神秘的に芸術的に表現された、
もしかして私の好物か?と思ってしまいました。
村上春樹の臭いがします。
観てみたい。でも、観れるかなぁ。(時間的に)